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レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』(ハヤカワ文庫)

cry_condor2005-04-19




 だから事件についてもぼくについても忘れてくれたまえ。だが、そのまえに、ぼくのために<ヴィクター>でギムレットを飲んでほしい。それから、こんどコーヒーをわかしたら、ぼくに一杯ついで、バーボンを入れ、タバコに火をつけて、カップのそばにおいてくれたまえ。それから、すべてを忘れてもらうんだ。テリー・レノックスのすべてを。では、さよなら。



 私立探偵フィリップ・マーロウは町で会った男テリー・レノックスを介抱したところから物語は始まった。妻を殺したと告白して異郷の地で自殺した、彼の無実を信じつつ探偵としての日々を送るマーロウは別の事件で真相の手がかりを得るが………。




 皆さんこんばんわ。「読書感想しりとりリレー2005」も六順目を迎える事になりました。海外小説をいろいろと紹介してきましたが、個人的な嗜好からホラー、SF、ファンタジー、そしてミステリを中心にしています。これまでエンターテインメントとしての海外小説の新鮮な面白さというものを書いてきましたが、今日、ご紹介するこの本の「面白さ」というのはこれまた説明が難しい所です。
 改めてご紹介させていただきますと、今日はレイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』です。一般的にはハードボイルドの大家として知られていますが、中でも一冊選べ、と言われればこの作品というくらいの傑作です。
 ハードボイルドについては説明ができるほど読み込んでいるわけではないんですが、一般的には感情を抑えた主人公が活躍するミステリの一種と言われています。日本にも数々の傑作があるのですが、やはりその源流は海外小説にあります。


 前回は幻想文学についてお話しましたが今回のハードボイルドについて私観を廃して「面白さ」のポイントを書くというのは非常に難しいです。ハードボイルドは主人公の感情面が明らかにならないので、一般的な感情移入というのが難しいのです。文章も淡々としている事が多く、退屈に思えるかもしれません。
 ただ読んでいくうちに、小説における人間の行動が、心理に頼ってばかりではないという事に気づかされる訳です。行動というものは色々な要素、たとえば警察署長の罵言であったり、小悪党の恫喝であったり、小ずるい女の妄言であったり、対外的な要素によって変わっていく訳ですよね。それが行動に現れているのを見るときに、精密な歯車がかみ合っている美しさというものを感じられる訳です。
 これをハードボイルドでいったん知ると、他の小説の人物の動きに対して、より深い理解をもって味わう事ができる、つまり読書の楽しみが広がっていく訳です。


 また、対外的な行動だけでなく、激流の中にあってその姿を失わない中州の様な「掟」がだんだんと見えてくるのもハードボイルドの面白いところです。ハードボイルドの主人公はこの「掟」がないとどうも生きていけないようです。それは一歩間違えば彼らの生活スタイルの様に滑稽になるのをぎりぎりで踏みとどまって存在するもの、いわば現実にはなかなかないものです。
 人々はそれを小説で目の当たりにすることによって、様々なあこがれとオマージュの源泉となり、小説はもちろん、アニメ・マンガなどいろいろな作品に影響を及ぼした訳です。


 小難しい話を書きましたが、ハードボイルドの主人公はとにかくカッコイイ。
 今回10年ぶりぐらいに『長いお別れ』を再読しましたが、導入部分のフィリップ・マーロウがそのクールなイメージとはうらはらに意外と「いい人」ぶりを発揮しているのに驚きました。その後、親友の失踪によってその感情が潜水艦のようにどんどんなりを潜め、あのラストが生きてくる訳です。
 日々おんなじような、それこそ感情を潜めて生きているサラリーマンになってから読むとまた違った格別の味わいを持つ小説です。
 内容に対してちょっと冗長な部分があるかなと思われるのですが、タイトルが読後の余韻を意味しているためにこの長さがあるのでは………つまり、長い人生に対してはいかな長編といえども短い時間、それ以外の人生に「長いお別れ」をしているのだ、という意味ではないかと考えるのですが、如何でしょうか。
 ギムレット一杯、長編一冊。
 退屈な人生の中では、とてもとても短い時間ではないでしょうか?


 なおハードボイルド小説はたくさん映画化されていまして、フィリップ・マーロウハンフリー・ボガードが演じていろいろ出ていますが正直いい評判を聞きません。個人的に、この『長いお別れ』と同じく男の友情を扱った傑作映画として『さらば友よ』(1968年フランス)を挙げておきます。チャールズ・ブロンソンがカッコ良すぎて男なら死にたくなるぐらいの一作です。

 それでは次のマサトクさん、「れ」でお願いします。