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フィリップ・K・ディック『ドクター・ブラッドマネー』(創元推理文庫)

cry_condor2005-02-15






 「反撃だ! 報復だ! 撃ち返せ!」近くにいるだれかがわめきだした。ストックティルは驚いてその男のほうを見た。いったいだれに向かって反撃するというのか。この事態はおのずと降りかかってきたことであるにすぎない。なにもない空にでも報復する気か? 自然の力に逆らって? フィルムを逆まわしにするみたいに? バカげた、無意味な発想だ。この男は〈無意識〉に囚われているにすぎない。こいつはもう、理性的な自我の指示に従って生きてはいない。ある種の〈元型〉(アーキタイプ)に身を預けてしまっている。
 〈非人間化〉がわれわれを襲っているんだ、とストックティルは悟った。そのせいだ。それが人を内側から襲って、バラバラにしている。自分たちを一体のものととらえる人間性が失われてしまった。まるで原子だけのようだ。



 1981年、核戦争が勃発し、人々は各地のコミュニティーに身を寄せ合うようにして暮らしていた。かつて核実験に失敗し、人の憎しみにおびえて暮らす物理学者ブルーノ・ブルートゲルト。不思議な能力を持つ身体障害者、ホッピー・ハリントン。双子の弟を体内に宿す少女エディー・ケラー。その日常とは………。



 こんばんわ。2月になり、一年の6分の1が過ぎようとしています。こうやってケーキを割るみたいに物事を考えるのが好きですし、決まった朝食を守るのも好きです。ここ数年間、家にいるときは朝食の内容を変えていません。
 また、風邪を引いて休むことに異常な恐怖があるので、風邪の季節は用心深いです。出かけるときにどんなに晴れていても傘は必ず持って行きます。今、ほんの少しだけ体調が悪いのですが、本格的に風邪を引いてしまったら精神的にとても落ち込んで一ヶ月はまず立ち直れないでしょう。


 話を元に戻しますと、そんな私にとってまだ一年の少しの段階で大好きな作家、フィリップ・K・ディックを紹介できるのは大いなる喜びです。海外SFを読んでいく上で避けては通れないこの鬼才を語るにふさわしい作品か、というと正直、疑問ではありますが、そこはこの「読書感想しりとりリレー2005」の面白いところ。前回のチャールズ・ブコウスキーと同じで「流れ」がきていますね。
 興味をもたれた方はちょうど今、書店で平積みしている本だと思いますのでお手にとっていただければ幸い。


 さて本書はフィリップ・K・ディック1963年の作品。解説によりますと『火星のタイムスリップ』(早川SF文庫)の直後。日本では、サンリオSF文庫『ブラッドマネー博士 または原爆のあと私たちはいかにして生きのびたか』(阿部重夫・安部啓子訳)として1987年に出ました。
 サンリオ文庫はここで解説するまでもなく数々のSF名作を翻訳した文庫で、今でも古本文庫では高値の代名詞となっていますがその後期に出されたもの。このたび、佐藤龍雄の新訳で創元推理文庫から発行されました。

 フィリップ・K・ディックは一種のパラノイアというか、1964年まで、つまり作品発表の頃までに核戦争が起きて世界は滅亡すると信じていたらしく、作品中の独特の悪夢感は古今東西まったく他の追随を許さないものです。
 私自身、仕事と日常の根底にいつも強迫観念があり、ホラーから世界の破滅を描いたディザスター・ムービーとか大好きなので、フィリップ・K・ディック作品はいちいちツボに来るのです。もう一人の大好きな作家、S・キングと同じく物語の根底に関わらない語りに対して惹かれるという末期患者状態。
 フィリップ・K・ディックは不思議な作家で、二桁読むと解るんですが、「駄作も傑作」というような作家です。宮部みゆきが推すSF文庫第1位の『暗闇のスキャナー』(創元推理文庫)なんてその最たるもので読みにくさと結末がもたらす読後のバッド・トリップ感は海外小説の真髄と言ってもいいでしょう。私もとても好きです。

 長くなってしまいましたが今作は核戦争後の話で悲惨な話が続くと思いきや、そこで過ごす人々のたくましくも奇妙な日常と、ディックには珍しい善悪感が織り成している展開で非常に興味深く読みました。ただしこれ、「駄作も傑作」の分野なので、初めての方にはお勧めできません。
 初めての方にはやはり短編集をお勧めします。迷いますがディックの悪夢的作家性が凝縮されたハヤカワSF文庫『パーキー・パットの日々』と、あえて幻想的風味を楽しんでいただきたいという意味でハヤカワ文庫NV『地図にない町』を挙げておきましょう。あまり大きな声でいえませんが、この二つは古本屋でもよく見かけるので高校生にも読んでいただきたいです。また、ハヤカワSF文庫から『フィリップ・K・ディック・リポート』(ハヤカワ書房編集部編)というお手軽なガイドブックも出ていますので、是非ご一読される事をお勧めします。

 それでは、次のマサトクさん、「ネ」でお願いいたします。