- 作者: チャールズブコウスキー,Charles Bukowski,柴田元幸
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2000/03
- メディア: 文庫
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俺は階段で降りた。何しろ十五キロのオーバーウェイトだ。運動が要る。一七六段まで数えたところで、一階に出た。葉巻売場に寄って、葉巻を一本と、『日刊競馬』を買った。エレベーターが来るのが聞こえた。
外に出て、俺はスモッグを物ともせず、ずんずん歩いていった。俺の目は青く、靴は古く、誰も俺を愛していない。だけど俺にはすべきことがある。
俺はニッキー・ビレーン、私立探偵だ。
ニック・ビレーンは昔の本物のハリウッドの生き残りで、ついでに言うと私立探偵だ。それも飲んだくれの最低の私立探偵だ。そんな彼に奇妙な仕事の依頼があった。死んだはずの作家セリーヌを見かけたから調べてくれという"死の貴婦人"の依頼。もう一つは、「赤い雀」を探してくれという知人の依頼。「赤い雀」って何だ。まぁ、飲んでから解決するか、と重い腰をあげるビレーンだったが………。
こんばんわ。「読書感想しりとりリレー2005」の海外小説担当です。
海外小説を読むのには、それなりに適した季節というものがあります。
今回のチャールズ・ブコウスキーを読むのならだんぜん、冬でしょう。
景色の寂寥感がぐっと引き立ち、人生に新しい一面を加えてくれる事、間違いなし。
もっと後半に出したかったチャールズ・ブコウスキー先生。しりとりの流れでご登場願ったわけですが、『シェリタリング・スカイ』のポール・ボウルズ、『裸のランチ』のウィリアム・バロウズと並ぶ3Bの一人としてアメリカ文学最後の鬼才といっていいでしょう。
私がブコウスキーと出会ったのは実は映画が先でした。当時、名古屋に住んでいた私はうっかり私立大学に推薦で入ってしまい、明るいキャンパスライフとは無縁の、友達など全くいない暗黒の日々を送っていました。周囲にH.P.ラヴクラフトやダンセイニの信者がいるはずもなく、サークルにも入らず、バイトと読書をする以外は今池にあります名古屋シネマテークで映画を観る日々でした。
ある日上映された『つめたく冷えた月』(1991年フランス・パトリック・プシテー監督)に目を見張りました。ブコウスキーの短編『人魚との交尾』(『町でいちばんの美女』新潮文庫収録)の映画化作品なのですが、ふたりの中年チンピラが織りなす死姦の物語に狂気とロマンを感じました。
原作を書いたやつはどんなヤツなんだ!と池下三洋堂に走って『町でいちばんの美女』初版平成十年六月一日発行を夢中になって読みました。
それから10年の歳月が流れました。
『ハスラー2』のポール・ニューマンは冒頭で、酒のセールスマンみたいなよく解らない仕事をしていますが、私も日中は官能小説を売り、明るい社会人生活とは無縁の、友達など全くいないに等しい暗黒の日々を送っております。ちょっと違うことといえば、ビールやバーボンを浴びるほど飲み、ビリヤードをして午前様で家に帰るということだけ。周囲にフィリップ・K・ディックやスティーヴン・キングの信者がいるはずもなく、週に一度、池袋か新宿で映画を観る生活だという事ぐらいでしょうか。
さて今作『パルプ』は正確に言えばハードボイルドではありません。ミステリですらない。彼の遺作となったブコウスキー版『アメリカン・サイコ』(ほんの3年違い!)とも言えるこの作品はニック・ビレーンというどうしようもないクズ探偵が飲んだくれて日々を送り、事件解決のような事をするだけの小説です。実のところ、事件は解決せず、事件がひとりでになし崩し的に流れていくだけ。オチも謎も全くないです。
内容を全身で受け止めると、ひとりでにいろいろと考え、思考も事件と同列になし崩し的に日常とシャッフルされてくこの感覚。チャールズ・ブコウスキーならではの味わいでしょう。
紹介をせずにむしろ周辺をなぞるだけになってしまいましたが、ブコウスキー入門としてはやはり『町でいちばんの美女』をお勧めします。ブレット・イーストン・エリスの『アメリカン・サイコ』がセレブの視点でアメリカの空虚さをなぞっているのに対して、ブコウスキーは堂々と「酒飲みたい」「ラクしたい」という駄目人間ぶりでアメリカ的成功に対抗した秀作を生み出しています。
ブコウスキーが気に入った貴方、いっしょに高田馬場の安居酒屋でバーボンでも飲みましょう。
別の職について考えてみた。いま俺は人の部屋に押し入って、浮気の現場をビデオに撮ろうとしている。こんなこと全然やりたくない。こんなのただの仕事だ、家賃と酒代を出す手段だ。最後の日だか夜だかを待っているだけのことだ。時を刻むだけ。やれやれだ。俺は偉い哲学者になるべきだった。そうすりゃ人間どれほど阿呆か、みんなに言ってやったのに。誰もがぼさっとつっ立って、肺から空気を出し入れしている。