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トマス・H・クック『心の砕ける音』(文春文庫)

cry_condor2005-03-08


心の砕ける音 (文春文庫)

心の砕ける音 (文春文庫)




 彼女はきっとぼくをにらんだが、すぐに目をそらして、くすぶりつづける材木に視線を貼りつけた。ぼくはもっと差し障りのない話題に切り替えることにした。「ポート・アルマにずっといらっしゃるつもりなら、もっとちゃんとしたコートが必要ですね」
「ウィリアムからも同じことを言われたわ」
「ビリーなら自分のコートをあなたに差し出すだろうけど」ぼくは弟の古風な騎士道精神をちょっとからかうような口調で言った。「弱きを助ける正義の味方だから」
 彼女の表情が心もちなごんだ。「そのとおりね」
「むかしからいつも、迷子の犬や猫が彼のあとについてきたものなんです」
 彼女はまともにぼくの顔を見つめて聞いた。「で、あなたのあとには何がついてきたの?」
 自分の答えがほんのかすかにぼくの心を重くした。「なにもついてこなかった」



 1930年代、メイン州の小さな町。ロマンチストの弟が「運命の女」にめぐりあったとき、全てが始まった。リアリストの兄が弟の死後をたどった果てには………。




 「読書感想しりとりリレー2005」も四順目を迎えました。皆さんの感想を拝見していると、奇抜な選書に豊かな内容の評価が合わさって、リレーといいつつ自分は周回遅れではないか?との感じを受け、不安になっている日々です。海外小説の面白さを知ってもらいたいと思って毎回苦心しているもののどうも自分語りになっていけませんね。
 そんな前置きをしていて何ですが、今回も自分語りが多分に入っておりまして………これはもう、紹介する上での(おこがましいですが)芸風のようなものと思っていただければ幸いです。


 さて、トマス・H・クックです。前回のフィリップ・K・ディックに引き続き、自分にとっては大好きな作家をこんな早くに出してしまっていいのかと思うのですが、もう3月ですし出し惜しみしている場合ではありません。

 先日、MYSCON6の申し込みをしました。
 初参加です。大してミステリを読まないくせに参加とはお恥ずかしい限りですが、参加にあたってのアンケートで「昨年、既刊新刊問わずいちばん面白かったミステリは?」とあって、この『心の砕ける音』を書いてしまいました。読んだのは昨年どころかだいぶ前のような気がしましたが、初参加の私でもこれを出しておけばまぁバカにはされまい、という思いでMAILしました。


 そんな思い入れのあるトマス・H・クックですが、「雪崩をスローモーションで描く」と評された(まさにそうとしか言いようがない)その物語力、明かされる真相、人物描写の巧みさなど海外ミステリの中ではかなり高水準と言えるのではないでしょうか。作品は寡作なもののミステリ・ベストテンとかで大体、上位に食い込んでいるので名前だけは見た事があるという方も多いでしょう。
 アメリカの田舎を舞台にして、緻密に書き込んで物語を勧めていくという点ではスティーヴン・キングにも通じるものがありますが、キングの後半の変化爆発力がない分、後々の印象に残りやすいですね。


 今作は性格の異なる兄弟を描き、突然やってきた謎めいた女性を主軸として物語が進行していきます。対照的な兄弟のどちらに感情移入するかによって感想も全く違ってきます。
 またまた私事で恐縮ですが、弟と母がロマンチストで兄と父がリアリスト、という構図、実はうちと全く一緒なのです。
 私の兄は五歳離れていますが、小説とかほとんど読みません。厳格な父親の性格を引き継いでいると思います。
 大して私は子供の頃からファンタジーとか大好きでして、空想癖があり、学校の通信簿に「将来が心配です」と書かれるほどでした。学校の窓の外を見れば常に龍が飛び交い、花壇を見れば妖精が踊るといった具合。
 その性格の根本とも言うべき母親も負けてはいません。
 先日、父親が上京して披露したエピソード。
 うちの母、一月に自転車で走っていて側溝にはまったそうです。周囲は見晴らしもよく、普通ならそんな事はないのです。怪訝に思った父が尋ねた時の母の答え。


「空の、鳥をみていたの………」


 この親にしてこの子あり。
 そんな血のおかげで私は今日もいろんな本を読めるのですが、そんな弟の謎の死の真相が徐々に明らかになっていくこの物語展開と意外な結末。
 まぁ実を言うとその意外性のためにやや伏線消化やリアリティの部分を減じているところはあり、ミステリ的な要素は低く抑えられているかもしれませんが、読ませることには変わりありません。


 今回は個人的に特に思い入れのある『心の砕ける音』を紹介させていただきましたが、同作者の「記憶」シリーズ(『緋色の記憶』『死の記憶』(オススメ!)『夏草の記憶』『夜の記憶』)も是非、手にとっていたたければと思います。まぁじわじわ進むのがかったるいという方もいらっしゃるでしょうが、このテンポも海外小説の醍醐味なので、慣れると読書の幅がいっそう広がりますよ。


 それでは次のマサトクさん、「と」でお願いします。