Radio CON$

CON$のブログ。アニメとかホラーとかレトロゲームとか好き。

ホラーマニアの異常な愛情/または私は如何にして他人の目を気にするのを止めてラヴやんを愛するようになったか

 はい、という訳でラヴクラフトについて語れと電波が送られてきたのでちょっとだけ書いておきます(注:誰も頼んでない)。

 「ラヴクラフトくらい知っておいたほうがいいのかと読んでみたものの、さっぱり面白くなかった。」という記事を見かけた。
 あー、それはよくわかります。
 もうそろそろお解かりかと思いますが、私はへそ曲がりです。どうしようもなくへそ曲がり。一緒くたにされると大変にご迷惑であること承知で書きますが、2005年のSFセミナー(2005年5月3日(火・祝日))昼の企画「異色作家を語る」(出演:浅暮三文中村融牧眞司 司会:代島正樹)で一番しびれたのが牧眞司さんの「僕はね、腑におちない作品が好きなんですよ」という言葉。自分が女でなくて良かったー。一発でコロリといく言葉ですよね。そう、全てはカオス。とにかく腑におちない作品が好きで好きでしょうがなかったあの頃。自分が普段から妄想しっぱなしという事もありますが、とにかく想像力の限界を見せられると唸る、というタチ。ミニマリズム万歳、と言っていたあの頃。実際にはアメリカ文学は不可思議に向かっていたわけではなく、果てしない現実に向かっていたのですが、それが解るのはもっとずっと後の事。
 そんな時にTRPG方面から入ったんでしたっけ?
 とにかく図書館愛好家で友達も少ないとなれば青心社の本に手が伸びますわな。
 最初に読んだ感想は、なんというか、都会っ子が田舎の満天の星空を見て絶句したような感じ。これがコズミック・ホラーか!という言葉での認識はそこから5年くらいかかりましたけど。
 冗長さと潜む意味合いがそれまでの小説の概念を打ち砕く、狂気の蹂躙者。加えて、周囲に語れる人がいなかったのも大きかったかもしれません。
 この広い広い宇宙の中で、自分だけがこの広大さ、壮大さを理解しているという優越感。今、考えれば痛いものがありますけど、作品の「歴史」というものを理解したのはこのあたりからでしょうか。『海底二万マイル』も抄訳ではありますし、新井素子平井和正筒井康隆も、朝日ソノラマ文庫の作家も全部いっしょくた、いつ書かれたか、という事は気にしなかったんです。そこに有無を言わさぬ道を示してくれたのがラヴやんという訳で、一生ついていきます、先生!………とまぁ下僕がいっちょできあがり。


 10代、20代は語り合わないことでの「読書の神聖さ」みたいなものがありましたけど、30代になったら酒かっくらって語ってクダ巻いて、と別の意味で楽しいなぁ。こうも内面が変化するものなのか、と。朝の4時くらいに寝て、眠りは浅いし、やっぱり私もトイレ近かったりするし、老け顔だしなぁ。
 ラヴクラフトとは無関係な話になってしまったけど、ただの戯言なので気にしない。
 え、最後コピペじゃあないかって? いやいや、ゾンビ姐は本家、私はダーレスみたいなもんですよ。