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クリストファー・プリースト『奇術師』(ハヤカワ文庫)




 舞台奇術師はみなよく承知しているように、一部にはこういうことに当惑する人間がいる。かつがれることに嫌悪感を表明するものもいれば、秘密を知っていると声高に主張するものもおり、惑わし(イリュージョン)を当然のものと単純に受け取り、その娯楽性がゆえに奇術を楽しむ幸せな大多数のものもいる。
 だが、秘密を持ってかえり、説き明かすまでにはけっしていたらぬまま、いたずらに思い悩むものが、かならずひとりやふたりいるのだ。



 クロニクル紙の記者、アンドルーは超常現象に関する記事を書き続けてきた。ある日、彼を名指しで呼び寄せた女性、ケイトから自分たちの祖先が生涯、ライバル関係にあった奇術師で、その確執は時を超えてアンドルーまで影響を及ぼしているという事を知らされた。アンドルー自身、長年の不思議な感覚に疑問を抱いていたのだが………。




 皆さんこんばんわ。「読書感想しりとりリレー2005」も五順目となりました。
 個人的な嗜好をきっかけに、皆さんに素晴らしい海外小説の世界を知ってもらおうと毎回、悪戦苦闘しております。
 海外小説に肩入れしている事がそもそも海外コンプレックスだとか、私もいろいろ言われてきましたが、本読みの会話の中で海外小説の話となるとやや「邪道」みたいな扱われ方をされているのは納得がいきません。もうすぐ発表となる「2005年本屋大賞」でも対象作品は「2003年12月1日〜2004年11月30日に刊行されたオリジナルの日本の小説」となっていますが全国で泣いている書店員の皆様の嗚咽が聞こえてきそうです。10人ぐらいの。


 そんな状況に対して何か自分でもできること、ささやかながらも皆さんの読書生活に影響を与えるとなれば、これはもう面白い本の紹介につきます。あたかもマジシャンが上着の袖から花や万国旗を次々と取り出すがごとく。
 奇想天外なキャラクター、ふとした日常の狭間に思い起こされる素晴らしき余韻、大胆な物語展開、眩暈がする重厚な語り口、大仰かつ含蓄深い洒落た言い回しの妙………それら海外小説の魅力を、タイトルの「しりとり」という規制の中でお伝えするのは難しいものがありますが、今回もまた素晴らしい作品を紹介できる事に喜びを禁じえません。


 今回ご紹介するのは、クリストファー・プリースト世界幻想文学大賞を受賞した作品であります。
 「幻想文学」というのはもちろん日本にも存在するジャンルですがその本場は海外です。定義は難しいものの、ファンタジーともSFとも言える側面に奇想が込められた小説とでもいいましょうか。今作も幻想文学の入門として良書かと思いますので、その道への興味ある方へはお勧めする次第です。


 筋書きとしては新聞記者が、自分に関係の人物の日記を紐解いていくというものなのですが、過去と現在のみならず、対立する奇術師というモチーフを用いることによって上手く視点外の部分を隠匿していく、という所がポイントです。
 叙述トリックが最後に実を結んで意外ではあるものの現実味のある結末を………というミステリ的カタルシスを求めている方には、不思議な結末に面食らう事でしょう。
 途中から予想を超えた展開へ飛躍し不思議な余韻を与える、カタルシスを眺めるつもりが渦中に入ってしまう、これが幻想小説の醍醐味なのです。浮世をひととき逃れる術としてフィクションの森に分け入ったつもりが、自分の立脚点から揺り動かされる………一部の非常によく出来ているミステリーにはあるかもしれませんが、幻想文学においてはそれがありとあらゆる方策をもって襲い掛かってくるのです。
 これにハマってしまうとその中毒性から、普通のレベルの「意外な展開」というのに驚かなくなっていくという弊害はあるのですが、あらゆる物語展開の咀嚼率が高まっていく豊かな読書経験を得る事ができるでしょう。


 過去と現在、人間の対立と確執という部分は私の大好きな漫画『ジョジョの奇妙な冒険』を彷彿とさせるのも一票入れたくなるところでしょうか。そういえばジョジョを描いた荒木飛呂彦は『変人偏屈列伝』でエジソンを震えあがらせた実在の天才ニコラ・テスラを取り上げていますが(作画は鬼窪浩久)、このニコラ・テスラはこの作品で重要な役割を果たします。天才奇術師と天才科学者が出会って人間の運命に決定的な一撃を食らわすなんて妄想するだけでもわくわくする展開です。


 なお、『メメント』のクリストファー・ノーラン監督によって映画化が進められ、2006年に東宝洋画系でロードショー公開の予定だそうです。監督としてはあまりにハマりすぎている事と、主演がどうやらジュード・ロウらしいというあたりが不安なのですが、監督は『バットマン』よりこっちを先に撮るらしく早く観たい気持ちでいっぱいです。

 それでは次のマサトクさん、「し」でお願いします。