Radio CON$

CON$のブログ。アニメとかホラーとかレトロゲームとか好き。

ジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』(新潮クレスト・ブックス)

停電の夜に (新潮クレスト・ブックス)

停電の夜に (新潮クレスト・ブックス)




 戦争のつづいた十二日間で覚えているのは、父がわたしにニュースを見ようと言わなくなったこと、ピルザダさんがお菓子を持ってこなくなったこと、母がライスとゆで卵しか夕食に出さなくなったことだ。ときどき、ピルザダさんがカウチで寝られるように母がシーツと布団を広げ、それをわたしも手伝ったという記憶がある。両親がカルカッタの親戚に電話で様子を聞こうとして、真夜中に声を張り上げていたのも覚えている。ただ、何より強かった印象をいうなら、あの時期、あの三人が、まるで一人の人間になったように、食事も、身体も、沈黙も、恐怖感も、ぴったりそろっていたことだ。
………「ピルザダさんが食事に来たころ」



 ロウソクの灯されたキッチンで、停電の夜ごと、秘密を打ち明けあう若い夫婦。故国に残した7人の娘を案ずる植物学者をとおして、はるかに遠い人を思う気持ちを知った少女。鮮烈なデビューを果たしたインド系女性作家の第一短編集。




 皆様こんばんわ。
 「読書感想しりとりリレー2005」のお時間がやってまいりました。毎度同じ事を書いているような気がしますが、遅れてしまい申し訳ありません。当初は遅刻ゼロを目指していましたが、後で読み返したときにそれなりのものを、と思うとどうもぐすぐずと遅れてしまうようです。
 さて、今回も海外作品専門担当として、海外の作品を紹介していきたいと思います。
 今回は私のメイン趣味であるところのSFやホラーとはちょっと変えて、海外「文学」という事について書きたいと思います。前回がグレアム・グリーン『第三の男』という事で海外文学と言えなくもないのですが、やや変化球でした。
 今作はアメリカ小説であります。


 実は前回「だ」が回ってきた時に、レイモンド・カーヴァーの『大聖堂』にしようかと思っていたんです。レイモンド・カーヴァーも私の大好きな作家で、ミニマリズム作家として有名です。高校の頃に出会って間違いなく読書の幅を広げた作家の一人で、幻想文学の従兄弟のような不思議な作風は衝撃といっていいものでした。
 ミニマリズムというのは1960年代にアメリカで広まった美術概念なんですが、簡単に言うと「純粋視覚性」というもを重視した山もオチも意味もない(といってはみもふたもないけど)作風です。
 今作はミニマリズムとはちょっと違うのですが、レイモンド・カーヴァーに通じるアメリカ文学の味わいを残しているので個人的な嗜好にしたがって本を紹介していくというガイドラインに沿っているのではと思われます。


 作者のジュンパ・ラヒリは1967年ロンドン生まれですが、名前から解るとおり両親がカルカッタ出身のベンガル人、との事です。カバーに掲載されている写真を観るとけっこう美人ですね。
 現在はニューヨークに住んでいるそうですが、今回の初短編集に収められた9編の全てがアメリカとインドの狭間にいる人々の物語です。
 アメリカ文学らしく、とひとくくりにした表現は危険かもしれませんが、精緻な視点にまずしびれます。文化的な齟齬が物語のエネルギーとなる事もなく、非常に淡々と話が進むので、普段から物語性あふれるミステリー等に親しんでいる人にとってはかなり辛いかもしれません。ただし、その余韻はなかなかない味わいです。


 以下、自分語りを少々お許しいただきたく。
 血と殺戮にまみれた映画や小説が好きな私がどうしてこういうものを読むのか、という事を不思議に思う方も多いと思うんですが、静かな中に人間の狂気・暗部の表側を見る事ができるからでしょう。壮絶な死と静かな生活、というものはどこか「環」として繋がっていて、自分もその一環であるという事を確認したいからなのではと愚考するところです。
 文学の趣味にも同じ事が言えると思います。
 皆さんが普段、書店の店頭で手に取られる様々な日本の文学の隣にある「海外文学」。人間を描いている事に変わりはなく、商業原則によって日本文学の隣に「置かれる」訳ですが、それを観察する側も、文学の領域では日本と海外を繋ぐものです。
 洋の東西を問わず人間が書いているものですから、本の体裁をとって読者となった時に、「文学」というものの一環に組み込まれ、虎となりヤシの木の周りを回り、文学バターになっていく事をどこかで希望している………。
 そんな行為が「読書」ではないでしょうか。


 近作に収録されている「病気の通訳」が99年にO・ヘンリー賞を受賞、2000年4月には短編集としてピュリツァー賞を受賞しています。たしかレイモンド・カーヴァーも『大聖堂』でピュリツァー賞を受賞していると思います。
 海外文学として味わいの深い一冊ですので、是非お試しを。
 さっき知ったんですが、文庫版も出ているんですね、これ。

停電の夜に (新潮文庫)

停電の夜に (新潮文庫)

 ちなみに近日公開の映画、『大停電の夜に』は表題作を下敷きにしていると思うんですが、どうでしょうか?

 それでは時間となりました。次のマサトクさん、「ニ」でお願いします。