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グレアム・グリーン『第三の男』(ハヤカワepi文庫)

cry_condor2005-09-15


第三の男 (ハヤカワepi文庫)

第三の男 (ハヤカワepi文庫)




「あたしは一人の男を愛していたのです。さっき言ったでしょう………新しい面がわかったからといって、人間は変わるものではありません。あの人はやっぱりあの人です」
「あなたの言い方が気にさわるな。ぼくは頭が割れるほど痛いんです。それなのにあなたは、しゃべりまくって………」
「あなたに来てくださいとお願いしたわけじゃありません」
「ぼくを怒らせようというんですか?」
 とつぜん彼女は笑いだした。「あなたは面白い方ね。夜中の三時に人の家に押しかけてきて………赤の他人ですよ………それで、あたしを愛していると言ったかと思うと、今度は腹を立てて、喧嘩を始める。あたしに何をしろ………何を言え、とおっしゃるの?」
「あなたが笑うのを見るのは、これが初めてだ。もう一度笑ってください。ぼくはあなたが笑うのが好きだ」
「二度も笑えないわ」



 第二次大戦終結直後のウィーン。作家のロロ・マーティンズは友人のハリー・ライムに招かれてやって来たが、彼が到着したその日にハリー・ライムの葬儀が行われていた。困惑するマーティンズは、ハリー・ライムが悪質な闇商人だったと聞かされる。彼は交通事故で死んだが、ある男の証言によると、そこには「第三の男」がいた。その男とは誰なのか? マーティンは調査を開始した。




 皆様こんばんわ。
 「読書感想しりとりリレー2005」のお時間がやってまいりました。今週も遅れてしまい申し訳ありません。しかし、もう9月なのですね。早いものです。
 さて、ここを初めてご覧になった方の為に説明させていただきますと、私は根っからの海外作品、つまり翻訳もの好きでして、このリレーが始まった時に「海外作品しか紹介しない」と誓ったんですね。それで毎回、苦労しています。
 今回なぜ遅れたかといいますと、そろそろ「海外作品の限界」というものを書きたかったんですね。どうしたらいいだろう、と考えていたときに本条さんから「だ」なんて文字が回ってきましてね。「だ」って、海外作品では珍しくないんですが、私の嗜好に沿うものとなるとなかなか難しいものがあります。こ、この〜今度会った時には自分で自分の肩甲骨を触るという(個人的にはものすごく)エロい姿を見せてもらうからな!と毎回の如く呪詛を吐きながら選んだのが近作です。


 『第三の男』というと、キャロル・リード監督の映画が断然、有名ですよね。ここをご覧になっている方にはあまりピンと来ないかもしれませんが、名優オーソン・ウェルズ(「イングリッシュ・アドベンチャー」だけじゃないんですよ!)の悪役が非常に印象的な名作です。
 作者のグレアム・グリーンは映画の為に原作を書いたので、原作が弱くなってしまうのは当然なんですが、それでもキャロル・リード監督とロバート・クラスカーのカメラが素晴らしすぎます。
 今回、この感想を書くに当たって、さすがに映画を見直さばと思い見ていたのですが、故・淀川長治氏が「映画の教科書」と評しただけの事はありますね。
 モノクロ作品なんで、今では日曜洋画劇場とかでやらなくなってしまいましたけど、私が子供の頃は昼間に突然、TVで流されていたものです。記憶に無くとも有名な下水道の追跡のシーンとか、「あーこれ観た観た!」と思い出す方が多いのではないでしょうか。
 またアントン・カラスによるチターの音楽がずっと流れて、陰鬱な画面との対比により印象深い効果をもたらしています。これに匹敵する映画音楽は『エクソシスト』の「チューブラー・ベルズ」ぐらいか?


 小説のほうに話を戻すと、第二次大戦終結直後のウィーンを舞台にしたミステリ、となるんですが、シンプルな会話と主人公視点の不安定さが伴っていまいち映画の様な臨場感をもたらさないんですね。
 昨日、森博嗣の新作を読んだんですが、この方も自身のエッセイで語っているとおり、海外作品の会話における妙というのをすごく意識した作品作りをしていますね。今回ご紹介している『第三の男』も会話の妙はあるんですが、映画上で発せられる臨場感には負けます。シンプルな台詞が深い意味を持って響き渡るこの感覚はぜひ映画、小説の双方でご確認いただければと思いますし、海外小説を長く親しんでいただく基準となると思います。


 さて映画のほうは小説版と違って主人公ロロ・マーティンズが映画版ではアメリカ人ホリーとなり、異郷の地での価値観のゆらぎを迫られる主人公像にリアリティを与えています。まあ昔の映画なんで、前半のテンポが悪いんですが、名シーンがかなりある映画で映画ファンは観ていないと嘘でしょう、という作品です。
 特に、ラストシーン。
 私は『ローマの休日』のラストシーンも好きなんですけど、この映画のラストシーンも大好きですね。
 これは小説では表現できません。
 断言しておきます。
 アンナ役のアリダ・ヴァリ(『サスペリア』にも出てた)のあの毅然とした態度で立ち去るあのシーン………。
 ツンデレ映画ですよね。
 これを小説では表現できない。
 これが、限界。


 上に挙げた、部屋でアンナを口説くシーンも映画版の方が断然いいでしょう? 当時の映画だから無理矢理ロマンスを入れなきゃいけないのか、というあざとさが微塵も感じられない。男はどこまでいってもバカだな、女性がいないと世界を意識の中で支える事が全くできない、という事を見事に表現していますね。


 奇しくも昨日お亡くなりになった、ロバート・ワイズ監督にこのレビューを、僭越ながら捧げます。彼もまた、小説では表現不可能な世界を生み出した功労者でした。

DVD>第三の男 (COSMIC PICTURES 25)

DVD>第三の男 (COSMIC PICTURES 25)

 以下は余談ですが、今回、コスミック版DVDで観ました。芳林堂書店のレジ脇で売っていて、まぁ500円だからいいか、とか思ったんですが、噂にたがわぬ暗さですね。最後の下水道のシーンとか暗すぎて何やっているかぜんぜんわかんないよ! まぁ500円だからしょうがないか、と思いますが………。

 それでは時間となりました。次のマサトクさん、「コ」でお願いします。