- 作者: コニーウィリス,Connie Willis,大森望
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1999/06
- メディア: 文庫
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この二十年、ハリウッドにはひとりのダンス教師もいない。あるいは振り付け師も。あるいはミュージカルも。CGは実写映画を殺したかもしれないが、ミュージカルを殺したのはCG革命じゃない。ミュージカルは六〇年代に、ひとりで勝手に死んだのだ。
時は2005年のハリウッド。デジタル技術の進歩とともに、映画産業からはフィルムも撮影所も俳優も消滅。新作といえば、かつてのスターたちのデータを使ったリメイクばかり。はてしない再生産工場となりはてた映画の都に、ひとりの女の子がやってくる。彼女の夢は、映画の中でダンスを踊ること………。
皆様こんばんわ。「読書感想しりとりリレー2005」も七順目となりました。海外小説を担当しているとか毎回偉そうな事を書いておりますが最近、MYSCON6やSFセミナーなど参加するたびに自分の不勉強さを思い知る次第です。まだ、来年この読書感想しりとりリレーがあるかどうか解らないのですが、来年には見かねて「だったら私にも海外小説を紹介させろ!」と名乗り出てくださる方がいらっしゃるのではないかなと期待して毎回、書いている次第です。
前回はチャンドラーでしたが、今回は私の原点に戻りましてエンタテインメントを紹介させていただきます。
コニー・ウィリスといいますと『ドゥームズデイ・ブック』(1992)でのヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞同時受賞とか、最近では『航路』が文庫落ちしたりといろいろ話題のある作家ですが、今作も1995年のローカス賞を受賞した作品です。
私は小説も好きですが映画も大好きでして、無理して年間50本はスクリーンで観る事にしています。今作は映画に関する愛に満ち溢れた作品ですので、さっそくその話から入りたいと思うのですが、ややより道をして前回同様、海外SF小説そのものの事から書き始めたいと思います。
海外SFといいますといきなり専門用語が飛び交って世界観がつかみにくい、と言われる事がよくありますが、『風の谷のナウシカ』に影響を与えたブライアン・W・オールディス『地球の長い午後』なんて有名SFですけどその最たるものでしょうか。ナウシカに興味を持っていきなりSFでも読んでみようか、とか思って手にとると大抵、挫折するんですよね。
ただ、個人的にはその導入のわかりにくさ、つまり「ツカミはナシ」という所もSFの魅力ではないかな、と思っています。
今日、愛知県で行われている『愛・地球博』に行ってきましたが、ちょうどそれぞれのパビリオンが宇宙船の内部のようで、SF読書もこういうものかな、と思いました。大抵の内部は暗い。現代美術作品のようなものが置いてある。オブジェだと思ったら、それは楽器だった………ああ、音で「国」の境界例を示しているのだなと推察できます。
SF小説も50ページぐらい読んでから「あ、これはひょっとしてこういう世界観なのか?」とおぼろげながら解ってくるものがあります。今日、どの小説作法講座も「解りやすく書け」と教えているでしょうから憤慨する人も中にはいるかもしれません。ただ、世界が判明するその一瞬、どんな手品があるのかと結末に至るまでの好奇心は、他に替え難い読書体験と言えるでしょう。中世歴史や漢文といった「一般教養」を必要としない(ほんの少しのSF知識は必要かもしれませんが)場で好奇心を満たされる体験。多少、強引に言ってしまえば「普遍的な好奇心」言ってしまってもよい体験を得られるなら「ツカミはナシ」小説に身を委ねてもいいのではないでしょうか。
前置きが長くなりましたが、今作は映画からの引用のオンパレードです。登場人物・作品名といった固有名詞はもちろんの事、台詞も出てきて全272ページ中、訳註が40ページもあります。
加えて予備知識全くなしだとすぐにつまずいて(ハヤカワSFの272ページって結構、少ない方なんですけどね)読めなくなってしまうでしょう。世界設定は俳優などが全てデジタライズされていて、そこでの技術者の話だなという事が解るんですが、固有名詞はいかんともしがたい。私などは訳註の所に指をはさみながらにやにや読むタイプですが、そんなのは少数派でしょう。ではどうすれはいいか。
一時的にジャンプすればいいんですよ。
SFの固有名詞も世界観を作るための造語が沢山ありますから、実際の映画名もそれと同様、一時的にすっ飛ばせばいいんです。後でちょこちょこ戻って読んで、ああそういう事なのか、と確かめて読めばいいんです。肝心なのは知らない事を恥ずかしく思わない事でしょうか。さっきも書きましたが、中世歴史や漢文の素養を求められているのではありませんから。さんざん知らない言葉に揉まれつつの読書なんてちょっとマゾっぽい感じもしますが、これができるようになると海外SF怖いものなし、いや不条理小説の全て怖いものなしといい事づくめです。
今後の豊かな読書生活の為に海外SFは避けて通れない道であるとお解かりいただけましたでしょうか。
毎度の強引な説明(半ば洒落なので本気にしないように)はさておき、今作は映画の話であります。そしてSFではよく使われる「現実とは何か?」というモチーフをこう扱ったか、と唸らされるプロット。そしてこれがラブ・ストーリーとなっているスキのなさ。訳者の大森望氏も指摘しているように、ヒロインであるアリスが抱く夢と決意は気恥ずかしくなるほどナイーブであります。その点、なーんだこれはと思う人もいるかもしれませんがちょっと待っていただきたい。
女性による三次元から二次元への憧憬を見つめる男の話、という事で逆『電波男』として今、もういちど読まれていい作品ではないでしょうか?
『電波男』のタイトルは言うまでもなく『電車男』のパロディですが、今作でもスキッドという未来の電車を通じて主人公とヒロインの関係が深まる(というのか?)というシーンがあるからそういう位置からも大丈夫、あってる。
………いや、これは強引過ぎですか。それにアリスが渇望しているのは現実の方であるわけだし。『電波男』ぐらい主人公の心理描写がただれていればもっと良かったのになと思わないでもないのですが、お勧めいたします。1999年に文庫で出て2004年にやっとニ刷りなんて信じられないですよ。
なお作中に出てくる映画がちょっと古いので(コニー・ウィリスが1945年生まれなので)ほとんどの方は知らなくてもしょうがないでしょうけど、『カサブランカ』あたりは有名作なので見ておくとよりいっそう楽しめます。あと、フレッド・アステアが出ている『踊るニュウ・ヨーク』は99年訳された当時、ビデオは出ていないと訳者の方が言及されていますが、これ今ではDVDが出ているようですね。ちなみに今、500円DVDシリーズで出ている『踊る大紐育(ニューヨーク)』は時代がやや近いんですが違う作品のようです。
映画対する愛が感じられる名作海外小説としては、セオドア・ローザック『フリッカー、あるいは映画の魔』(文春文庫)がお勧めです。
それでは時間となりました。次のマサトクさん、「ク」でお願いします。