Radio CON$

CON$のブログ。アニメとかホラーとかレトロゲームとか好き。

ジャック・ヒギンズ『鷲は舞い降りた』(ハヤカワ文庫)

cry_condor2005-05-31

鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)

鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)




「なにが問題なのだ?」完全にいらだって、ラードルがかみつくようにいった。「あの軍法会議の意趣晴らしに、総統をばかにすることの方が大事なのか? こんなところに送り込まれたからなのか? いいか、シュタイナ、ここにいたら、きみも部下も、みんな死んでしまうんだぞ。十週間に三十一人。何人残っている………十五人か? きみは、部下に対して、きみ自身に対して、生きるためのこの最後の機会を活用する責任があるのだ」
「あるいは、イギリスで死ぬか」
 ラードルが肩をすぼめた。「サッと襲い、サッと引き上げる、そのようにいくはずだ。一分の狂いもなく、といったのは、きみだぞ」
「そして、こういうところでいちばん恐ろしいのは、なにかが、たとえ非常に些細なことであっても、一つ狂うと全体が狂ってしまう点だ」デヴリンが口を出した。
 シュタイナがいった。「そのとおりだ、ミスタ・デヴリン。一つ、おききしたい。きみはなぜ行くのだ?」
「答えはかんたんだ。そこに冒険があるからだ。おれは、偉大なる冒険家の最後の一人なのだ」



 1943年、イギリスの東部ノーフォークの村に降り立ったドイツ落下傘部隊の精鋭たち。歴戦の勇士シュタイナ中佐が率いる部隊員たちの使命とは、ここで週末を過ごす予定のチャーチル首相の誘拐だった! 絶対不可能と思われたこの作戦に命をかけた軍人の末路は………。




 皆様こんばんわ。この「読書感想しりとりリレー2005」もめでたく八順目を迎えることになりまして、あともう少しで折り返し地点にさしかかろうとしています。一月にはサラ・ウォーターズ『荊の城』を紹介した事など、遠い昔の事のように思われます。
 それくらい、今日までがあっという間でした。この企画、この一年は間違いなく私の読書人生(と、おおげさに言うものでもありませんが)の記憶に刻まれるものと確信しております。改めて、企画者、そしてこの流れを支えているレビュアーの皆様に感謝する次第です。


 私は先ほど一月と書きましたが、ありのままに続く日常も、冒険も、一瞬の事に感じられる事があるというのは興味深いことです。その事について考えるとき思い出すのは冒険小説のことです。
 冒険小説こそは人類の叡智の結晶、得がたい経験をパッケージした娯楽の最高峰といっていいでしょう。面白い冒険小説を読むのには時間がかかりますが、体感時間は一瞬の如し、です。冒険小説の内部に入っている間、人生の時間は少し引き延ばされる、という事なのでしょうか?


 例によって前置きが長くなってしまった事をお詫びいたします。さて前回はとびきりのSF作品を紹介させていただきましたが、今回も最高峰のエンタテインメントを紹介いたしましょう。
 ここを継続してご覧になっている賢明な皆様ならご存知だとは思いますが、私は海外小説を専門に紹介することにしています。
 今回は、いや、今回も声を大にして言いたい。冒険小説なら海外小説に限ります。その奇想やスケールの大きさ、当たりが多いというのはもはや当然の事であります。
 今作も設定が実にいい。第二次世界大戦の戦時下、敵地に落下傘降下してチャーチル首相を誘拐する………はっきり言ってありえん! ところが精緻な文章によってそれが現実味をおびた作戦として進行し、このとうてい不可能と思える作戦に挑む軍人の意気込みに魅せられる。これですよ、これ。
 今で言うところの「キャラが立っている」登場人物もいい。黒い眼帯に義手という、漫画のキャラクターとしても通用しそうなマックス・ラードル中佐。そこに作戦の重要な部分を支えるアイルランド独立運動闘士、皮肉屋リーアム・デヴリンが加わっている所がナチス軍人一辺倒のメンバーに変化を与え、話を面白くしています。
 登場人物が出るたびにその生い立ちから語られる、という海外小説形式があう人とあわない人がいるとは思いますが、物語の深みとして決して欠くことのできない部分です。
 さらに作戦の中心となるドイツ国防軍中佐クルト・シュタイナ。
 伝説的任務をこなしているのに自分のキャリアを全て瞬時に捨てて一人のユダヤ人娘を救うシーンが実にカッコイイ。歴史的に考えて偽善といえば偽善なんですが、一歩間違えば即、処刑という事態で行動を起こすという所にグッとくる訳ですよ。これは私の好きな漫画『子連れ狼』で、登場人物が常に死の危険と隣りあわせで話をしているリリシズムに近いものがあります。


 今回は高校生の頃に読んで以来の再読です。冒頭あたりの軍という組織の中で任務に流されるラードルの苦悩や、その後の無理難題を淡々とこなしていく痛快さがサラリーマンになってから痛いほど解る部分で年齢によって変わる読書の面白さをまた味わえた次第です。
 これは架空戦記ものではないので当然、読者はチャーチル誘拐などなかった事を知っている、いわばネタバレ状態にある訳ですが、それでも最後まで読ませてしまう仕掛けには恐れ入ります。ラスト近辺の、最後の最後まで不可能性に挑む登場人物、そしてその対比となる真実のカタルシス。傑作を傑作たらしめる要素はとても書ききれません。


 1997年に登場人物の「その後」が加筆された「完全版」がハヤカワ文庫から出ておりまして、初読でしたらそちらをお勧めします。全て読んでから冒頭部分に戻って読むと感慨深いこと間違いナシです。サラリーマンとして生きている間、これほどの過酷と誘惑に満ちた作戦、いわゆる「目標」と出会えるかは微妙な所ですが、その時は冒険小説と同様、一瞬の輝ける経験である事を祈るばかりです。「完全版」だと「ん」で終わるからしりとりとしては負けじゃん!という話もありますが、まぁ原作版を紹介したという事で、お目こぼしいただければ幸い。


 なお、1976年に西部劇監督(『OK牧場の決闘』『大脱走』)として有名なジョン・スタージェスにより映画化されていまして、こっちを観た事があるという人も多いのではないでしょうか。これ、DVD化されていないのかな? ロバート・デュバルがラードル大佐役、リーアム・デヴリン役があのドナルド・サザーランドなんですよね。こちらも機会があれば是非。

  それでは時間となりました。次のマサトクさん、「タ」でお願いします。